匠を訪ねて

職人だけに限らず、日本の工芸に携わり、革新的で新しい価値の創造に貢献する匠を表彰する「三井ゴールデン匠賞」。
今回は、300年以上の伝統を持つ奈良晒の老舗を受け継ぐとともに、「中川政七商店」「遊 中川」などのブランドで直営店を全国展開。さらに「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを掲げ、経営コンサルティングを通じて日本の工芸のために尽力する中川政七商店会長、中川政七さんにお話を伺いました。

家業である「中川政七商店」の自社ブランドと成長のノウハウを体系化するとともに、さまざまな産地の工芸メーカーに経営コンサルティングを提供。「日本の工芸を元気にする!」を目指して多彩に活動する。

中央 中川 政七さん(第2回「三井ゴールデン匠賞」受賞/株式会社 中川政七商店 会長)
左 松永 秀一さん(日本製鋼所)
右 山口 周平さん(三井不動産)

中川 政七

1974年、奈良県出身。京都大学法学部卒業。2002年中川政七商店に入社し、2008年13代社長、2018年会長に就任。業界特化型の経営コンサルティング事業のほか、工芸の地産地消を目指す「日本市プロジェクト」、全国の工芸と産地の魅力を届けるWEBメディア「さんち ~工芸と探訪~」の運営など、多岐にわたって活動。各地で最も輝く一番星たる企業が産地の未来を描くため集う場として、「日本工芸産地協会」を設立するなど、業界全体の底上げを目指す取り組みもはじめている。

さまざまなメーカーの工芸品を取り扱う中川政七商店。「かっこいいものをただ作れば良いというわけではなく、人々が共感できるモノづくりの背景が大切」と中川さん。多くの商品は同社が経営コンサルティングにも携わるメーカーのもの。写真は表参道店の様子と2010年に新たにデザインされた企業ロゴの看板

「花ふきん」

「花ふきん」は奈良晒を受け継ぐ中川政七商店のオリジナル品。奈良特産の蚊帳生地はやさしい風合い。高い吸水性と速乾性をあわせ持ち、暮らしのさまざまなシーンで活躍する。

日本の工芸を元気に!

改めて第2回「三井ゴールデン匠賞(以下、MGT賞)」を受賞されたご感想をお聞かせください。

これまでビジネス関係の賞をいただいたことはありましたが、工芸という分野では初めてなので新鮮に感じています。基本的に工芸分野の賞は職人が対象ですが、MGT賞は広い意味で専門性のある人を対象にしている。私は「日本の職人は素晴らしい」「技術がすごい」と全面的に讃える風潮は違うと感じています。工芸が衰退している問題はそこにあるのではなく、いくら職人を讃えたとしても状況は改善されません。その意味で、職人も含めて工芸に携わるさまざまな人を表彰するMGT賞のフレームは素晴らしいと思います。

300年以上続いている中川政七商店の歴史について教えてください。

18世紀に奈良ざらしの商いをはじめて、私は13代目。事業の浮き沈みはかなりあったようで、拡大・縮小を繰り返しながら酒造業をやった時期もあるなど、細々と生き残ってきたという感じです。
そんななかで続いてきた理由を問われるなら、「とらわれない」ということです。実は、先代である父から「お前は麻にこだわっているが、麻にすらこだわるな」と言われたことがあります。当時、すでに13代目を継いでいた私は、従来のしがらみや慣習にとらわれずに、それなりのポジションは築いていました。その私に父は「まだとらわれている」と言う。実際、うちの商売を300年支えてきた麻には私なりのこだわりがあったのですが、生き残るためにはそれすら捨てろというのは、すごいと思いました。

中川政七商店のビジョンは「日本の工芸を元気にする!」ですが、日本が工芸大国になるためには何が必要だと思いますか。

我々の取り組みはまだまだ道半ばですが、ビジョンをはっきりさせたことで、やるべきことが明確になりました。
当初、我々は中川政七商店の売上のためにブランディングに取り組んで一定の成果を出しました。でも、振り返ると日本の工芸品メーカーの状況は厳しく、毎年のようにいくつもの会社が潰れています。自分たちが食べていけるだけでは意味がないし、そのうち食べていけなくなる。そんな危機感から経営コンサルティングをはじめることにしたのです。
しかし、メーカー1社だけが良くなっても、サプライチェーンが壊れたら結局は共倒れです。垂直統合には資本も必要だし、産業観光を推進しようとしても、集客はなかなか難しい。それなら地元のレストランや宿泊施設とも連携して…と、どんどんやるべきことをやっていった。結果、上向いていく地域が生まれてきましたが、コンサルありきではなく、やはり“産地の一番星”たる方々が頑張らないと、いずれは廃れてしまいます。そこで、そうならないために今度は「日本工芸産地協会」を立ち上げました。ひと山越えたら次の山、そしてまた次と…。日本の工芸を元気にするためにやるべきことは、まだまだたくさんあるし、次々に出てくると思っています。

工芸界でよく言われる後継者問題についてはどのようにお考えですか。

 儲かる商売なら、後継者は自ずとついてきますから、その問題は本質ではないと考えています。本当の問題は、工芸の世界に「経営」がないこと。たとえば、私が見た会社のほとんどは予算表がありませんでした。日々漫然とモノを作っていただけということです。そこをコンサルティングによってちゃんと経営をするようにする。売れるモノができたんじゃなくて、しっかり経営をするようになるから会社が立ち直るんです。

2018年2月に社長を退かれましたが、今後の方向性をお聞かせください。

約300年続いたファミリー企業を、血縁関係のない若い社長に委ねました。これも「とらわれない」ひとつの形だと思っています。中川政七商店としては、継続してビジョン実現に向けて努力することはもちろんですが、いつかラグジュアリーブランドにも取り組みたい。寺社仏閣の修復などに注がれているような美術工芸的な技術で、ヴィトンやエルメスのような日本の工芸ブランドを確立できたらと思い描いています。
一方、私個人としては現在、奈良の街の魅力を高めるために取り組んでいます。奈良は現在も十分な観光産業で潤っていますが、歴史遺産がなければ、奈良の価値は100分の1にもなるでしょう。だから、「古都奈良」ではない、奈良の魅力を創りたいんです。

最後に、MGT賞に今後期待されることがあれば聞かせてください。

「三井ゴールデン・グラブ賞(MGG賞)」は、守備という陽の当たらないところに光を当て、その大切さを広く世間に知らしめる役割を果たしてきました。私は、工芸は美術館に保管されて残るようでは意味がないと思うんです。産業として元気でなければいけない。ですから、工芸に携わる人を幅広く讃えるMGT賞は、日本の工芸にとってとても重要な意味があると思っていますし、MGG賞のように続けてほしいと思います。
(2018年10月3日インタビュー)