匠を訪ねて

作品づくりだけでなく、未来につながる取り組みを行う匠を表彰する「三井ゴールデン匠賞」。
今回は、第2回グランプリを受賞した輪島キリモトの桐本泰一さんを訪問。分業が主流の輪島塗において、木地、漆塗りの一貫生産を実現するなど、産地の改革と活性化に取り組む同氏にお話を伺いました。

漆製品でありながら、現代の暮らしに合った器や小物、家具、建築内素材等を創作しファンも多い。輪島漆の再生や後継者育成をはじめ、産地内での交流の活性化にも尽力。

中央 桐本 泰一さん(第2回「三井ゴールデン匠賞」グランプリ受賞/輪島キリモト)
右 江田 達也さん(大樹生命)
右 菅原 直さん(新日本空調)

桐本 泰一

1962年、輪島市出身。江戸時代から続く木地と漆器業の7代目。産地内で初めて木地、漆塗り一貫生産を手がけ、使い手の心に響く製品の開発に努めている。現代の暮らしでも使いやすい漆塗り技法を研究し、地元で取れる珪藻土を焼成して粉末にした「輪島地の粉」による下地塗り、中塗りの後、従来の上塗りに替って、再度地の粉と漆を掛け合わせて塗り込む「makiji (蒔地)」技法を考案。表面を金属製のフォーク・ナイフも使える強靭な硬度にすることによって、洋食分野への進出を可能にした。

木桶を作る技術と水に強い地元の能登ヒバを活かし、フットバスやワインクーラーなどの木製品も手掛ける。

指先ほどの大きさと丸い刃を持つ豆鉋(まめがんな)をはじめ、加工内容に合わせた鉋が揃う。

漆の木を植え、輪島の漆掻き後継者が採取し、輪島漆で製品をつくる「輪島塗再生プロジェクト」を推進。

輪島産の珪藻土を粉にした「輪島地の粉」を加えることで擦れに強い硬度や耐久性が生まれる。

輪島の朝市通りにある本町店には、漆器や、漆を塗る前の「木地」まで多彩に陳列。

木工と漆ならではの表現を用いた漆パネル。壁の装飾品として、また家具の扉や建物の内装材にも展開できる

蒔地・千すじ 小福皿

和洋兼用の皿。天然木の木地に布着せ補強して、珪藻土を焼成粉末にした「輪島地の粉」を活かした下地を塗り込み、何度も漆を塗り重ねた表面は硬度が高く、金属のスプーンやフォークも使える人気シリーズ。

輪島から伝統工芸全体の活性化へ

第2回「三井ゴールデン匠賞」(以下、 MGT賞)のグランプリ受賞に対する感想をお聞かせください。

MGT賞は、エントリーすることそのものに大きな意義があると思っています。これまでの伝統工芸に対する評価といえば、作品に対する賞や、各業界への貢献に対する功労賞のようなものでした。でもMGT賞は、人の想いやこれまでの活動、これからの可能性も含めて評価される。ですから、応募用紙に記入することが、いわば自分がしてきたことの総まとめをする行為であり、それを通じて自分をもう一度再確認できるんです。これまでしてきたことや、これからやろうとしていることなど、さまざまなことを見つめ直せるのも、この賞の利点ではないでしょうか。

また、私のような人間がグランプリに選ばれたことも、意義は大きいと思います。私と同じような企業規模や、同じような想いを持って、伝統工芸への新たな取り組みをしている人たちの励みになったはずです。今後はきっとさらに応募が増えるし、この賞が末永く続くと期待しています。また、三井ゴールデン・グラブ賞に続き、次に光を当てる分野として、よくぞ伝統工芸を選んでくれたと感謝しています。

漆の特長や漆を活かした、新たなチャレンジなどがあれば教えてください。

漆は、縄文時代に石の鏃と柄を接着することに利用されて以来、ずっと使われ続けてきた塗料です。その理由は、物を長持ちさせる実用性と、意匠性を備えているから。さらに輪島の漆器には、地元の珪藻土けいそうどから作った「輪島」を使い、耐久性を高める技術もある上に、キリモト独自の蒔地技法を使った製品は硬いものでこすってもキズがつきません。これを活かしたのが、金属製スプーンも使える食器をはじめ、洋食が増えた現代に合った製品ですが、これからもこうした製品づくりを続け、漆を身近に感じてほしいと思っています。

また漆には、味わいがありながら、あまり主張せず、周囲を引き立てる良さもあります。たとえば漆の食器に盛ると料理が引き立ちますよね。そこで今、注力しているのが、漆塗りのパネルを建築分野で内装材として使うことです。漆ならではの表現力を駆使し、タペストリーや絵画などに代わるものとして空間に趣を加えつつ、そばにある花や人物も引き立ててくれる。そんな製品に取り組み、提案しています。

今後は、もっと世界に目を向けたいと思っています。実は、ヨーロッパではかつて日本から渡った蒔絵の小箱や家具、壁面装飾が大切に残されているほど評価が高く、現代においても、日本の漆製品や漆の内装材は大きな可能性があると感じています。実際、シンガポールにある和食料理店のカウンターや収納パネルに使われています。また国内でも、外資系の有名ホテルのフレンチレストランで採用されています。私としては、さまざまな形で、漆を次の世代につなげていきたいと思っています。

桐本さんにとっての輪島や漆器への想いをお聞かせください。

私は、能登の風土や輪島の漆器が本当に大好きです。能登は、漆器や木製品を生み出すのに適した風土で、漆の木が豊富にあるだけでなく、能登ヒバやアスナロといった水に強く、食器などに最適な木も多く自生しており、「輪島地の粉」を作る珪藻土もあります。そこには木地を加工し、漆を塗る職人だけでなく、木地の材料となる木を植え、育て、伐採する人がいて、漆の木を植え、掻いて樹液を取り、漆をつくる人もいる。だから、食器や家具といった伝統的な漆器はもとより、輪島の木と漆を使った新たな挑戦をすることで、輪島の漆器づくりが盛り上がるだけでなく、能登の風土や漆器産業が将来まで持続可能な形になります。さらに地域の人たちに新たなつながりや連携も生まれています。

現在、地元だけでなく、九谷や金沢、有田など他地域の伝統工芸の方たちとも交流をしているのですが、お互いに刺激を受けて、良い意味での競い合いも生まれています。地元にも、伝統工芸全体にも、さらに良い影響を与えられるよう、輪島の漆器を盛り上げていきたいと思っています。