匠を訪ねて

日本の伝統を継承しながら未来につながるものづくりに真摯に取り組み、さらに発展させている匠を表彰する「三井ゴールデン匠賞」。
2020年2月に発表された第3回の受賞者5組の中から、国宝や文化財の修復をはじめ漆芸分野に幅広く用いられている「光琳こうりん」の開発や、漆を次世代につなぐさまざまなプロジェクトに取り組む堤淺吉漆店の取締役・堤卓也さんにお話を伺いました。

明治創業。漆を精製・販売する原材料店。伝統的な精製方法の他、ニーズに応じたさまざまな漆を開発。漆の魅力や新たな価値観を提案し、漆の普及に取り組む

堤 卓也さん(第3回「三井ゴールデン匠賞」 受賞 ※団体として受賞/株式会社 堤淺吉漆店 取締)

スケートボードや自転車、サーフボードの漆モデルや映像制作で漆の裾野を広げる活動「BEYOND TRADITION」。サーフボードは、堤氏が以前から憧れていた世界的な木製ボード・シェイパーのトム・ウェグナー氏とともに手がけた

紫外線や雨風への耐候性をアップし、光沢をより長く持続させることに成功した「光琳」は、日光東照宮や姫路城など重要文化財建造物の修復に採用されている

冊子や映像の制作、学生向けの工場見学などを通じて子どもたちに漆の魅力を伝える取り組み「うるしのいっぽ」

漆を植え、成長する営みを皆で体験しながら、単なる漆の量産だけでなく、自然や地域とのつながりを大切にしたコミュニティづくりを目指す「工藝の森」プロジェクト

URUSHI × ALAIA

天然木を削り出して作るALAIAはハワイの伝統的なサーフボードで、世界的なオーストラリア人シェイパーのトム・ウェグナー氏が復刻させたもの。自然を愛し、後世につなげたい堤氏の思いに共感して生まれた漆塗りのサーフボードが「URUSHI×ALAIA」。

URUSHI × SKATE

東京五輪新種目で若者に人気のあるスケートボードに漆塗り・蒔絵を施したスペシャルモデル。普段乗っているボードにも漆を塗り、経年変化による漆特有の透け感や傷など、使い込む事で生まれる風合いやオリジナリティも漆の魅力として提案している(光琳使用)。

漆と漆文化を次世代につなぐ新たな挑戦

第3回「三井ゴールデン匠賞」を受賞した感想をお聞かせください。

私たちのような原材料屋がこうした賞をいただけたことに、何よりうれしく感じています。「おめでとう」の量もすごかったです(笑)。私たちが行っている活動は、一般からは評価されにくい内容ですが、それでも支援してくれる方たちがいて「自分たちが応援していることは間違っていなかったんだ、三井グループという大きな存在が、自分たちと同じ目線、同じ想いでいてくれるんだ」と、自分の事のように喜んでくれました。また、京都として初の受賞だったので、自治体関係の人たちも非常に喜んでくれています。

私たち原材料屋は職人さんあっての仕事なので、なんとなく表舞台に出づらい気がしていたのですが、MGT賞の受賞がいろいろな活動をより積極的に行える後ろ盾になったというか、箔が付いた感じになりました。支えてくれる方が増えたり、「うちと一緒にやろうよ」といったお声がけもいただけたり、活動の幅も広がりました。

画期的な漆「光琳」の開発をはじめ、御社ではどのような漆づくりをしているのですか。

漆は弱い木で、10~15年間大切に育て上げ、ようやく採れるのは1本から200㏄ほど。天然の樹液ですから、採取した年や季節、場所、掻き集める漆掻うるしかきの職人さんによっても性質が違います。それらを精製・調合して製品化するのですが、攪拌かくはんする際の回転速度や時間、熱の掛け方(余分な水分をなくすため)を同じにしても、光沢や粘り、乾き方などの性質が同じ製品にはなりません。それぞれの工程をどうするとどう変わるのか、試行錯誤を繰り返しながら細かなデータ取りを重ねて、今ではある程度コントロールできるようになりました。

寺社などの文化財や漆器をはじめ、漆は作業内容や塗師さんによって求められる品質が異なります。性質がバラバラの樹液から、使い手が求める品質を安定的に提供するのは難しいけれど、それが原材料屋の仕事です。「光琳」という漆も、耐候性や光沢に優れ、かつ屋外建造物の現場などで使いやすい乾きや粘度になるように取り組んで完成したものです。貴重な漆を「一滴も無駄にしてはならない」と初代の曾祖父の教えがあり、一つひとつの漆と向き合うことを大切にしています。

「うるしのいっぽ」という最初の活動は、どのような背景でできたのですか。

漆の生産量は、私が生まれた40年前頃は500tだったのが今は36tにまで減っています。しかも、ほとんどが中国産で、日本産の漆はわずか1.8t。でも、ここまで深刻だとはあまり知られていなくて、職人さんすら気付いていません。私は仕入れなどを通じ、数字としてリアルに感じていました。これを増やそうにも、塗師さんや漆掻きさんが減少し、高齢化している。また漆器は日用品ではなく高級品としてのイメージが強く、数多く売れるものでもない。「これじゃどう考えても後世まで続かへん」と強い危機感を持っていました。

漆を未来につなぐには、まず漆の魅力を知ってもらう必要がある。そこで始めたのが「うるしのいっぽ」という活動です。わかりやすい冊子や映像を作り、子どもたちをはじめ多くの人たちに伝わるよう取り組んでいます。
※1978年と2019年の生産量

漆とスポーツのコラボの背景には、どのような想いがあるのですか。

「うるしのいっぽ」の活動を機に、講演の依頼をいただくようになりました。ただ、参加者の多くが工芸関係の人たちなんです。もっと業界や国すらも超えて、いろいろな人たちに漆の魅力を伝えたい。そうした想いが強くなって始めたのが、「漆×サーフィン」「漆×BMX」「漆×スケートボード」という3つのテーマで発信する「BEYOND TRADITION」というプロジェクトです。木のサーフボード職人として世界的なトム・ウェグナーさんが共感してくれて、漆塗りの木製サーフボードを作り、その経緯をショートムービーにしました。サーフボードは海外でも好評で、映画はアメリカで賞をいただきました。

国内の各地で上映会を兼ねた漆普及のイベントを行うと、漆とは全然関係ない人たちが参加してくれて、終了後には「私に何かお手伝いができませんか?」と言ってくれるんです。そこで一昨年、京都市に森を提供してもらい「工藝こうげいの森」実現に向けてスタートを切りました。漆の植林に参加してもらいながら、木を使った物づくりや、自然を活かした遊びができるフィールドです。ここに参加する機会を通じて、山が活性化するだけでなく、自然や工芸を大切にする気持ちが育まれ、地域と街がつながる、そんな良い循環型コミュニティとして確立したいと思っています。