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匠を訪ねて

日本の伝統を継承しながら未来につながるものづくりに真摯に取り組み、さらに発展させている匠を表彰する「三井ゴールデン匠賞」。
2020年2月に発表された第3回の受賞者5組の中から、金物の産地として知られる新潟・三条でも高い技術を持ち、多くの職人にとって「精神的支柱」といわれる水落良市さんにお話を伺いました。

「世界の鍛治職人イワサキ」と呼ばれた岩崎重義氏のもとで修行を積む。平成26年(2014)に伝統工芸士の認定を受ける。若手の育成にも尽力している

水落 良市さん(第3回「三井ゴールデン匠賞」 受賞/三条製作所)
三井ゴールデン匠賞のトロフィーを手にする水落さんと弟子の稲垣良博さん
水落さんが手がける和剃刀は注文が3年待ち。和剃刀を専門で製造できる、全国でも類を見ない職人だ

和剃刀は、熱した鉄に接着剤(ホウ酸)を蒔いて玉鋼を接着したあと、金槌で叩いて成形しながら硬度や密度を高めて強くする。その後、削りや焼入れ、磨き、研ぎを経て仕上げられる。研ぎの工程では拡大鏡で刃先を何度も入念に確認しながら作業を進め、髪の毛に刃先をあてただけで切れる仕上がりとなる。「研ぎ」までの工程をすべて自分たちで行っているのが三条製作所が他と違う点

水落さんの元で学んでいる稲垣良博さんは神奈川出身の20代。「ヨシくん」と呼ばれ、家族のような関係

金属顕微鏡で金属組織を観察することで、鍛造した金物の品質を確認する水落さん。それまで職人の技術と勘頼りだった鍛冶の世界に、こうした科学的アプローチを採り入れたのが三条製作所の創業者・岩崎航介氏だ。「基本に忠実にやれば必ずきちんとしたものができる。私の師匠は『鋼はウソをつかない』と教えてくれました」

和剃刀(日本剃刀)

世界一の刃物といわれる日本刀の素材「玉鋼」を使用。材料を適当な長さに切断するところから仕上げの研ぎまでの全工程を一貫して行い、研ぎすまされた刃は髪の毛に軽くあてるだけですっと落ちるほどの切れ味。

過去から現在、未来へと受け継ぐ和剃刀

第3回三井ゴールデン匠賞を受賞した感想をお聞かせください。

このような素晴らしい賞をいただけたことを大変ありがたく思っております。和剃刀は、今では知らない人がたくさんいますが、伝統工芸の中でもこうした目立たないところにまで光を当ててくださったことは、非常にありがたいことです。ぜひこれからも、同じような伝統工芸を掘り起こし、世に広めていただけたらうれしいですね。

今回の受賞を、地元の新潟県の地方紙が紹介してくれただけでなく、それを見たTV局も取材してくれました。近年、和剃刀を知らない人も多くなりましたが、こうした紹介を通じて、広く一般の方々に知っていただけたという点でも非常に良かったと実感しています。

水落さんがつくる和剃刀の特徴を教えてください。

和剃刀は、やわらかい鉄に硬い鋼を接合してつくります。刃の部分が鋼なのですが、ここには日本刀の材料である貴重な「玉鋼たまはがね」を使っています。このやり方を確立したのが三条製作所を創設した岩崎航介いわさきこうすけさんなのですが、彼の実家はもともと鍛冶職人ではなく金物問屋なんですよ。しかし取り扱っていた輸出品の刃物がことごとくドイツ製品に劣っていた。そこで彼は、「日本には世界に誇る日本刀があるのに、ドイツに負けてなるものか」という一心から、大学の文学部に入って日本刀に関する古文書を読み解くだけでなく、全国の刀匠を訪ね歩きました。卒業後、今度は、工学部の冶金やきん学科に入って鋼を鍛える技術を修得し、三条製作所を創設しました。製品づくりでは、ノミや包丁のような「物」を切る刃物ではなく、デリケートな人の肌にあてる刃物が一番難しい。そのもっとも難しいものに挑戦しようと和剃刀を手掛けることになりました。

私が三条製作所に入ったのは、航介さんの息子さんで、二代目の岩崎重義しげよしさんが「うちに来ないか」と誘ってくれたからです。彼は私の高校の先輩であり、国内外に名が知られている越後鍛治です。私は三代目になります。

実は、うちでストックしている玉鋼は、日本製鋼所さんの室蘭製作所(現:日本製鋼所M&E株式会社)から仕入れたものです。軍刀の材料だった玉鋼が第二次大戦の終戦で不要になり、「誰か買ってくれませんか」というお話に手を挙げたのが航介さんでした。ですからこの和剃刀は、実は、受賞以前から、三井グループと縁のあるものなんですよ。

和剃刀は国外からの注文も多いそうですが、海外展開に注力しているのですか。

割合でいえば6対4くらいで海外の方からも多くご注文いただいています。積極的に展開しているわけではないのですが、問屋さんがあちこちの国に卸してくれるので、ドイツをはじめヨーロッパや北米など、おそらく10カ国以上で売られています。また2018年にジャパン・ハウスという外務省が設置した「日本」の対外発信拠点の3カ所目がロンドンにできた際、最初の企画展に参加させていただきました。1日4~5回、実演を見せたり、他の職人さんとのトークショーを行ったりしたのですが、トークショーは満席で、立ち見が出るほど評判が良かったんです。中には「日本に行って、弟子入りしたい」と真剣に頼む方もいるほどで、和剃刀や日本の刃物に対する海外の方の注目度の高さを実感しました。実際、お客様は日本だと多くが床屋などの職人さんですが、海外は刃物のコレクターが多いようです。

三条市で募集した若手職人を受け入れているそうですが、育成のご苦労などをお聞かせください。

今回の受賞は、苦労の末に和剃刀のつくり方を確立した岩崎親子こそふさわしいと思っています。この素晴らしい技術を絶やしてしまっては申し訳ない。次の世代へつなぐことが私の使命です。ありがたいことに三条市は鍛冶技術の保護・発展に注力し、毎年、人材募集を行ってくれており、現在ひとりお預かりしています。彼に教えながら感じるのは、苦労ではなく、自分も成長できることです。指導をしたけれど、うまく伝えられないと、それなら「次はこうしてみよう」といろいろ試す機会が持てて、その結果、より良い方法が見つかったりします。「一生涯、勉強だ」とよく言われますが、本当にそうだと実感しています。今の私の想いは、とにかく彼に一人前の職人となってもらうこと。その先は、彼にも指導してもらって、さらに多くの職人が育ったら良いなと思っています。