「伝統工芸であっても、作家としてのオリジナリティがほしい」と伝統技法をベースに独自の表現法を生み出す。また小学生を対象にしたワークショップを続けるなど普及にも注力
左:佐々木 正博さん(第4回「三井ゴールデン匠賞」 受賞)
右:東レ 広報室コミュニケーショングループ 逆井 克子さん
「伝統工芸であっても、作家としてのオリジナリティがほしい」と伝統技法をベースに独自の表現法を生み出す。また小学生を対象にしたワークショップを続けるなど普及にも注力
左:佐々木 正博さん(第4回「三井ゴールデン匠賞」 受賞)
右:東レ 広報室コミュニケーショングループ 逆井 克子さん
蒟醤の起源は、タイやミャンマーでキンマの生葉で檳榔樹の実を包んで噛む「キンマーク」という習慣があり、やがてそれらの材料を入れる漆器や文様を指す呼称となったと言われる。蒟醤の技法は、❶乾漆などで形作った器物に厚く10回以上も漆を塗り重ねたものに、❷従来単色の地色が用いられてきた蒟醤の技法に対して、佐々木さんは微妙なグラデーションの上塗りをし、❸蒟醤剣と呼ばれる彫刻刀で文様を彫り込んで、❹彫り込んだ溝に色漆を埋め、その後、表面を平らに研いで余分な色漆を取り除き、意図した文様を表現する。下で紹介した「乾漆蒟醤草花文八角蓋物」では、完成までに半年以上を要している
佐々木さんは、普段からさまざまなアイデアやイメージを描きためている。その中から納得したものを大きな絵に描き起こしてイメージを作り込む。その後、今度は漆を塗り重ねた器にクレパスで直接描き込んで、グラデーションの色や幅、文様と下地の色の対比などさまざまな検討をしてイメージを固め、ようやく実制作に取り掛かる

漆の最も美しい色と考える黒と赤をグラデーションより構成し、伝統的かつ新しい表現を目指して制作した蓋物。本朱の上途の上に蒟醤技法により彫を行い、埋め研ぎ出し、赤口と黄口の朱漆をグラデーションにして表現した
とても多くの方からのお祝いの電話や電報をはじめ、地元の新聞で取り上げていただくなど、予想していなかったほどのすごい反響でした。私たちは伝統工芸という限られた世界の中に生きていて、これまでにいただいた賞はその中での評価でした。実は、十年ほど前から作品の表現に行き詰まりを感じていて、それを打開するために今までとは違う人からの評価を知りたいというのが、今回、MGT賞に応募した理由なんです。ですから受賞できたことは、今までに関わったことがない方々やより広い社会での評価ということで大変嬉しく、身に余る光栄と思っています。
漆芸が香川県の代表的な伝統産業に発展できたのは、江戸末期に登場した
蒟醤は、漆を何度も塗り重ねたところに
父が蒟醤や香川漆芸をしていたこともあって、幼い頃から美術には興味がありました。美大で彫刻を専攻し、卒業後も彫刻を続けていたのですが、それでは食べていけないので実家に戻ったんです。30歳目前だったので誰かに弟子入りなんて悠長なことはできず、ぶっつけ勝負という感じでしたが、工芸は技術がないとカタチにならないので、最初はとても苦しみました。
美大当時、彫刻科の教師陣は現代美術のトップクラスの作家ばかりで、印象的だったのは、「彫刻」と一言で言っても、誰もがまったく違うもの、唯一のものを作っていたこと。そういう環境で学びましたから、私も伝統工芸という世界で生きてはいても、これまでのものや他人とは、まったく違うものを作りたいという気持ちが最初からありました。
蒟醤は従来、地色が単色でしたが、私は自分で考えたボカシ塗りの方法でグラデーションの上塗りを加え、彫った文様も複数の色漆で埋めています。隣り合った同じ色の文様でも、地色が変化することで印象が変わる。また、もしコンピュータを使えば、グラデーションの幅も、文様と地色のコントラストもきっちりとした一定のものになるけれど、人間が作るとそこに誤差が出る。それが作品としての温もりや面白さであり、そうした味わいこそがアートだと思います。
香川の漆工芸は後継者がいなくなってきています。また個展をしていると、蒟醤に対して、「これ、なんて読むんですか?」とか、「模様は描いているんですか」と必ず尋ねられますから、まずは知ってもらうことから始めなければと思っています。小学生を集めて行うワークショップ「うるしにチャレンジ」で教えるのも、その想いからです。
実は準備も当日の工程もかなり大変で、蒟醤の場合、彫って埋めて乾かして研ぐという本来、何カ月もかかることを1日で体験してもらわなければなりません。漆を塗り重ねた板を用意したり、彫り込んだところに埋めるのはすぐ乾く樹脂系の塗料にしたり。でも、子どもたちの感性が刺激になるし、興味を持ってくれる姿が励みになります。そして、子どもたちの中から「あぁ面白い」とか「好きだから」といって続けてくれる人が出てきてくれたら嬉しいですね。
出典:MITSUI Field vol.56(2022年10月15日発行)
※社名・役職名等は実施時期のものとなります。