難易度の高さや貴重な金を素材にする特殊性から、長年、幻となっていた秋田県の金工技法「金銀銅杢目金」の再現に尽くし、技法消失以前の作品に比肩する作品の制作に心血を注ぐ
左:林 美光さん(第4回「三井ゴールデン匠賞」審査員特別賞 受賞)
右:三井物産 広報部 インターナショナルコミュニケーション室 辰己 絢子さん
難易度の高さや貴重な金を素材にする特殊性から、長年、幻となっていた秋田県の金工技法「金銀銅杢目金」の再現に尽くし、技法消失以前の作品に比肩する作品の制作に心血を注ぐ
左:林 美光さん(第4回「三井ゴールデン匠賞」審査員特別賞 受賞)
右:三井物産 広報部 インターナショナルコミュニケーション室 辰己 絢子さん
秋田県は古くから鉱山が栄え、金銀銅等、貴重な金属を多く産出し、金属工芸の文化が発達。優秀な金工師を多く輩出し、刀装具をはじめ各種金銀細工の装飾品等、高度な技術が確立され発展を遂げた中でも最も困難な技法とされるのが金銀銅杢目金だ。金銀銅杢目金は、❶金、銀、銅などの金属板を50枚ほど重ね合わせて削り、❷断面にできた木の切り株のように浮かび上がった独特の模様を❸叩いて伸ばしたりして作品にする。金属同士を接着する際には約1100度の高熱でそれぞれの金属を熱するが、金と銀では融点が異なるため特殊な技術が必要。製作期間7~8カ月を要する
工房のある建物の2階はギャラリーになっており、金銀銅杢目金の作品や小学生のときに入選した金工の作品(棚上段の左にある茶筒)も展示。また1998年にはサンフランシスコ市長賞(米国サンフランシスコ市議会)を受賞するなど、海外でも高い評価を得ているステンレスのアート作品も展示。林氏は40年以上前、伝統的な仕事を守り、工芸家を育てるために、秋田県の美術工芸協会を設立し、その会長を努めている。同協会からは複数の文化功労者を輩出

切嵌技法を用い、金銀銅杢目金の秀麗さを黒地(赤銅)との対比によって引き立たせた飾箱。メインとなる荘厳な玉杢目紋様に合わせ、繊細な板目紋様を添わせることで杢目金の多様性と奥深い美を表現している
私の家は金属加工業で、今のような工芸品ではなく、銅や真鍮といった非鉄金属で建築関係の金物を作っていました。私がこの仕事に入ったのは10歳のとき。小学校4年生で、父に命じられたからです。当時は親が「やれ」と言ったら「はいっ」と従う時代でしたからね(笑)。
ですから、毎日、学校から帰って来たらもう勉強どころじゃない。「まず手伝え」と言われて、掃除をしたり、火を起こしたり、道具を磨いたりと、とにかく色々やらされました。ゲンコツで育てられたようなもので、本当に厳しかったんですよ。
中学2年になり、学校が午後3時で終わって帰宅すると、父が「5時までの2時間、工業試験場へ掃除をしに行け」と言うんです。仕方なく毎日通いましたが、掃除をしながら技術を見られるし、家では見たこともない金銀を使ってすごい仕事をしている。本当に驚きでしたし、勉強になりました。掃除は名目で、仕事を見てこいと父は言っていたんですね。おかげで中学校2年のときに作った金工の作品が、秋田県の学童展で入賞しました。
秋田県が指定した文化財に、正阿弥伝兵衛が江戸時代に作った金銀銅杢目金の小柄があります。20代の頃、それを初めて見てデザインや仕事の素晴らしさに感動し、自分でもこれを手掛けたいと強く思いました。しかし技法は伝わっていないし、文献もない。本当に手探りで、試しては失敗を繰り返し、ようやく技法が解明できたのは60代のときでした。
実は、途中、この仕事を続けることに躊躇したこともありました。それは、思うような作品ができないからではなく、材料の金があまりに高額だからです。銀も高いけれど、それとは比べ物にならない。そこで、その資金と生活の糧を得るために、ステンレスの会社を立ち上げました。当時ステンレスはアメリカが先端で日本は遅れていたので、いち早くステンレス加工の研究をしました。昼間は秋田県内の町村をくまなく営業して回り、戻ってはレリーフやモニュメントなどの作品を作って納品しながら、その利益で金を買い、金銀銅杢目金に注ぎ込んでいきました。それでも2回、倒産しました。今ではどうにか回るようになりましたし、弟子も3人ほどできて、この仕事を絶やさないように技術を伝えています。
今の時代、刀装具を作るわけにはいきませんから、「現代に合わせるなら、どんな作品が良いだろう」と、そうした想いが、この歳になっても、毎晩、眠る間際まで浮かんできます。作品づくりに、若い頃に体得した日本舞踊の経験が活かされることもよくあります。実は18~19歳の頃、あまりに仕事をしすぎて体を壊したんです。畳の上の仕事なので、腰が曲がって治らない。そこで母親の勧めで日本舞踊をやったところ、治ってしまった。その後も踊りをしばらく続けたら、名取になってしまいました(笑)。踊りも芸術ですから、そこから着想を得ることも多いですし、踊りをモチーフにした作品もたくさん作りました。
MGT賞は面白いシステムですね。作品で選ぶのではなく、例えば普及活動とか、作品を生むためにどれだけのことをやってきたとか、いわば「人の生き様」を審査基準にしている。その点が素晴らしいと思います。伝統工芸の職人は、その多くが作品づくりだけでなく、お金のことや後継者のことなどさまざまなことに苦労しています。人間は苦しんだ人の方が味わいがあると思うし、だからこそ良いものを作れるのではないでしょうか。また、苦しみに負けず、最後の最後までやり抜いた人間っていうのは、骨があります。そうした生み出すために苦しんで来た人を評価してくれるMGT賞は、職人にとって活動に取り組む上で、大変励みになる賞です。ぜひこれからもずっと続けていただきたいです。
出典:MITSUI Field vol.57(2023年1月15日発行)
※社名・役職名等は実施時期のものとなります。